Remember Senna

34歳でこの世を去ったAyrton Senna、僕は今彼と同じ年齢を生きている。
子供の頃の僕にとってSennaは偉大なヒーローだった。
日本はバブル期、現代社会の縮小だと言われるF1において日本企業も多く参加しブームになっていた。Hondaのエンジニアやスタッフが、世界を舞台に戦う姿がとても格好良く憧れであった。
F1を好きになったことをきっかけに、プラモデルの制作を始め色々創ることが好きになっていった。
この頃のF1は、エレクトロニクスが導入され始めていたが、スポーツとしての部分が今より残されていたと思う。
そしてそのマシンを操るAyrton Semnaの極限まで攻めた走りが刺激的だった。特にウェットレース等、ドライバーの力量が問われる状況では彼の人間離れした天才的な走りに感動した。
F1のある週末、テレビの放映は深夜だったから翌日の学校は眠くて大変だった。それでも楽しみで仕方がなかった。
突然やってきたSennaの死はあまりにもショックだった。
F1への想いが急に冷め遠ざかっていった。
今振り返ると、F1は社会の複雑な状況の上で成り立っていたことに気付かされる。
ブラジル人のSennaと日本人は西欧主義のF1において、ある種似た感覚を共有していたのかもしれない。

あれから20年。
昨年の秋に栃木県「ツインリンクもてぎ」内にある「Honda Collection Hall」で歴代5台の「McLaren Honda」F1マシンを一堂に集めた特別企画展『16戦15勝の追憶~F1にもたらされたエレクトロニクスの波~』を観に行ってきた。
極限まで追求されたマシンは想像以上に刺激的で美しさも感じさせ、すっかり時間を忘れて観ていた。
本当ならSennaの走りをこの目で観たかった。そしていつかMonacoでF1を観たい。

F1は僕の物創りの出発点なのかもしれない。

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